ライナーノーツとは何なのかと問われると演奏家とリスナーを繋ぐ粘着剤のようなものだと私は思います。私自身、幼いころから音楽を聴く事が大好きでレコードやCDに挟まれたライナーノーツを何度も何度も読み、音に+αなされた世界観を妄想して楽しんだ一人です。ライナーノーツは音を聴く前に読んでワクワクを高める派、聞いた後に読んで更なる世界の扉を開く派、読まない派、前も後も読む派、がいるかと思います。
どの流儀も音楽という世界の楽しみ方の一つです。
今回も前回に続き、深い知見と音楽に精通している瀧本さんに書いていただきました!
さあ、読む準備は整いましたでしょうか?
ライナーノーツを読む方は下記に進んでください。
A&H ライナーノーツ
アルバムのタイトル「A&H」は、数年前にたまたまライブで知り合い意気投合して共演を続けてきたピアニストのAnna MatsuokaとシンガーのHitomi Sonareの頭文字。「2人」ならではの音の世界が1枚のアルバムに詰め込まれている。
スタートは静かに、ジャズ・ハーモニカの巨匠でベルギー出身のトゥーツ・シールマンスが若い頃に作った曲「Bluesette」(1936年、英語)から。歌声もピアノものびやかで心地良く耳をくすぐる。都会の公園で穏やかな陽射しを浴びつつ、柔らかい風を受けているかのよう。
続いて、Hitomiのオリジナル新作で「ワタシのオレンジ」を意味する「Mi Naranja」(2023年、スペイン語)。「オレンジ」は温かみやビタミンのメタファー。歌とピアノが共に支え合うかのように曲が流れ癒される。
3曲目は短調に転じ、コール・ポーター作曲のミュージカル・ナンバー「So in Love」(1948年、英語)。憂いや気怠さを醸しながらも芯の強さを感じさせる歌声のあとに、一音ずつ大切に打鍵されるピアノがしっとりと響き渡る。
4曲目はジャズでもおなじみだがキューバ音楽のスタンダード「Como Fue」(1953年、スペイン語)。Hitomiがパナマで暮らしていた時によく聞いたという。歌もピアノも柔らかく、暖かく、昼時から夕刻にかけてゆったりと過ごす光景が浮かぶ。ラテン音楽の印象が変わる。
前半最後はパナマのカルロス・エレータ・アルマランの作曲「Historia De Un Amor」(1955年、スペイン語)。直訳すると「ある愛の物語」で、最愛の人を失ったことを追想する歌詞だが、歌声とピアノの音色は、ただ悲しむというよりも、しっかりと現実を生きようとする前向きさが感じられる。 後半はベースとドラムが加わり、前半とは一味違う第2部が幕開ける。まず、世界が戦争に向かうきな臭い時代に書かれた名曲「My Romance」(1935年、英語)。変則的なアレンジが作品を風化させない。凛とし朗々とした歌と演奏で、これからの時代への希望の光を灯している。うねりを繰り返す木村俊介のベースソロは 静かだが力強い。
続いて、ユーモラスに唄われる「Que Xopa!」(2022年、スペイン語)もHitomiのオリジナル。「ケソパ」はパナマのスラングで「どうしたの」と相手を心配して声をかける際に用いられ、「ソパ」は「スープ」も意味する。何かうまくゆかない友を懸命に励ましている絵柄が浮かんでくる。フランス留学を経た北川類のドラムがラテンリズムを刻みソロもとても楽しい。
8曲目は「気にすることないよ」とでも言いたげな「Devil May Care」(1956年、英語)。「悪魔が気にかけるかも」は反語であり「ありえないから気楽にいこう」という意か。リズミカルで心地よく曲は流れる。スキャットからのピアノソロはとても格好よくエモーショナル。次第にテンポアップしドラムとベースが鋭くリズムを刻み高テンションでエンディングに突入する。
9曲目は少しテンポを落として、邦名「星屑のボサ・ノヴァ」で知られるセルジオ・メンデス(ブラジル)のしっとりとしたナンバー「So Many Stars」(1967年、英語)。嫋やかにはじまるも強く明朗に響くピアノソロのあと、抒情的なベースソロが続くコントラストが良い。
10曲目は、パナマ人のルーベン・ブラデス作曲でプエルトリコ人のエクトル・ラボ―が唄ったノリノリのサルサ「El Cantante」(1978年、スペイン語)。ラテンではじまるも、中間からはスウィングに転じるところが痺れる。そして最後を飾るのは、服部良一作曲の、日中をつないだ名優李香蘭(山口淑子)が主演映画で唄った名作「蘇州夜曲」(1940年、日本語)。当時、この曲が生まれたことも、その後多くの人に愛されてきたことも奇跡であるが、対立や闘争が激化する今、異なる2人の音楽家が共に手をとりあってこの作品を仕上げたことにも祝福したい。
ピアノソロが美しく歌声に溶け合いながら本作は幕を閉じるが、彼女たちの音楽の旅はこれからも続くことだろう。
2023年 Yukito Takimoto
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